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シリア

1982年.厳しい日差しも少し陰りをみせた夏も終わりの頃であった。
私は贈賄の嫌疑でシリアの検察局から追われていた。
危険を察してはいたが迫りくる恐怖の中で救いを求めた手を引き上げてくれる味方はどこにもいなかった。
そして収賄側の嫌疑のかかった数人は取り調べ中に抹殺され或いは後に公開処刑された。
この事件は、その後十年以上にも亘り私の心の奥深い傷となり恐怖心から人に語ることも思い出す努力もしなかった。

今、イスラム国なる組織に沢山の人が捕えられている。
そして日本人2人も拘束され殺害された。
殺害されるまでの人質達の恐怖心は察するに余りある。
又彼等の家族に至っては食事も喉を通らず眠ることも息をすることさえ苦しい状況であろう。

今回の日本人2人の人質事件が起こった際、当初は身代金の要求があった。
日本政府はテロには屈しないとの理由から2億ドルの支払を拒否した。
初期の段階で240億円あれば2人は無事解放されていたのかもしれない。
最低イスラム国側に殺害する大義名分を失わせることができたはずだ。
支払に応ずることで更なるテロへの脅威もあるだろう。
便乗するグループの誘拐も後を絶たぬかもしれない。
それでも敢えて二人の命を身代金と交換できるチャンスを失ったことは大きい。

人質のニュースに接する度にあの日の私の恐怖心が蘇ってくる。
現実主義が誤りを犯すのは相手も自分と同じように考えて対処するであろうから
バカなマネなどするはずがないと思い込んだ時である。

日本の政府高官でも一民間人として夜間に「親父狩り」と称するナイフや金属バットを持った少年グループに取り囲まれ金品を出すよう脅迫されれば「暴力には屈しない」と抵抗するのだろうか?
例えそれで金品を渡したとしても誰もそんなことで暴力に屈したとは思わない。
命のやりとりをするにはあまりにも未熟で低俗な相手から自分の身とdignityを守っただけなのだから。

国家も個人も同じであろう。
身代金を支払うことで人質を解放させることが決してテロに屈したと、私は思わない。
金や物は所詮それだけのものであり、代替できるものである。
その精神を売り渡さない限り私は暴力に屈したなどと批判はしない。

矜持と意地を取り違えてはいけない。
考えれば法外といえども240億円だったのだ。
大義名分上、政府が出せないのなら国民が寄付として集めればよかった。
国民一人一人がたった二百円を寄付すれば集められた金額だったのだ。
コーヒー1杯を我慢さえすれば救える命だったのだ。

亡くなった二人の冥福を祈ると共に決して報復などしてはならないと誓いたい。
それこそ先の敗戦以来、決して戦争で人を殺さず又殺されないという我々父祖が築き上げた国民の矜持ではなかろうか。

Report by Yuji